好きなことをやりたい人のための今週の占いと運勢 ganz menschen(全的人間) 

翠 あんずによる好きなことをやりたい人を励ます転換期占いブログ。占い本の感想など

近年の大きな流れを考えてみた

今年になって今年用の占いを続けようと去年まで

思っていたけど、今年に入って何かがそれを妨げていたので

そのまま書かずにいた。そしたら一つの疑問が私の頭のなかで

ぐるぐる回っていた事に気がついた。

 

 

どうしてある程度成功したビジネスグループは「仲間」を

求め合ったりするんだろう?

 

 

と。一人ひとりの力は弱い、だが同じ考えを持つ人が

集まれば一人より数倍の思ってもみなかったブレイクスルーと

ともにやってくる、そしたらもっともっと君たちは身も心も

発展していく、とよく言う。

 

 

というかほとんどの成功したあるいはしているビジネスグループは

言う。「仲間」作りよカモン!と。そして融合しあってっひとつになって

といいだす。だけど私はそこで思う。ほんとにそんな状態になりたいの???と。

またあの忌々しい学校と同じことやる気なのかと。大きな力を作っていくんだとは

よく聞くが学校がうまく機能した例の方が少ないこの世の中。仲間にならないと

力って作れないって本当なのかな?

 

 

たとえば今やGoogleでさえ企業参加しているコミケに代表されるいわゆる

オタク文化は決して仲間が欲しくて発展していったわけじゃない。

ゴシック文化だってその点は同じだと思う。仲間じゃない、

仲間じゃ物足りない、仲間ってどこかぬるい気がする、だって

それを補えるのは仲間じゃなくて

 

 

同志

 

 

じゃないのか?自分の好きな事を語るだけ語って時間が経つのが

早くて次いつ会えるか分からないけど、いつか必ず無理やり時間を

作って、そのためなら、その時間のためならどんな苦しい事、

ツライ事、バカにされる事でも耐えられる、同じ価値観の同志と

一緒にたった一人でもいい、自分の好きな事を語り倒す事を

受け止めてくれる人が、それが

 

 

同志じゃない?

 

 

仲間をこの点で募集している事で、歴史を勉強しなおさないとっ

てことなんだとおぼろげに思う。みんなが仲間を求めた時点でどこか

ほつれがでてくるんだと思う。歴史はいつだってそれを証明して

くれている。

 

 

仲間じゃないんだ、きっと。

それは同志なんだよ。

 仲間と同志は決定的に違う。

今はその決定的な違いを語らないけど。

 

 

だから私は同志を求める。

私の同志に叡智を提供する。

そんな今年にするつもりなんだよ。